近年、日本映画の枠組みにおいてオカルトホラーというジャンルが再び脚光を浴びている。かつてのように単に呪いや怪奇現象を消費するのではなく、現代社会の孤独や人間関係の希薄さ、ネット社会の集団心理を映し出す鏡として機能しているからだ。
清水作品に通底するのは、「悪意のない人間すらも無差別に巻き込まれる」という徹底した理不尽さである。理由のない恐怖、逃げ場のない因果。観る者の道徳観や安心感を根底から揺さぶるこの構造こそが、先行きの見えない現代を生きる観客の深層心理と奇妙に共鳴し、強い引力を放ち続けている。