競馬コミュニティやSNS上では、キタサンブラックの成功要因について「社台グループの強力なサポートがあったから当然だ」という見方が語られることがあります。しかし、これは明らかな後知恵による誤解です。
デビュー前、キタサンブラックは社台ファームやノーザンファームといった大手育成組織の出身ではなく、日高の中小牧場で生まれ育ちました。クラシック戦線でも、血統背景から「菊花賞の3000メートルは長すぎる」「長距離は持ちこたえられない」と戦前は距離不安を唱える評論家が大多数を占めていました。数々の下馬評をレースごとに覆し、自らの走りで実力を認めさせたからこそ、引退後に社台スタリオンステーションでのスタッドインを勝ち取ることができたのです。
また、「北島三郎氏の宣伝のために競馬を利用している」という過去の一部批判も的外れでした。北島氏は馬主としての活動において、調教や出走ローテーションなどの現場判断には一切口出しをせず、清水久詞調教師や武豊騎手らプロフェッショナルに全幅の信頼を置いて一任する姿勢を徹底していました。この「オーナーとしての一線を越えない美学」こそが、関係者の一体感を生み、名馬の素質を最大限に開花させた最大の勝因でした。