しかし、祝福に包まれた結婚生活は長くは続きませんでした。婚姻届の提出からわずか約1年後の2004年4月、二人は協議離婚に至ります。同居していた実質的な期間は数カ月程度だったとも伝えられるほどのスピード離婚でした。なぜ、若き二人はこれほど短期間で破綻を迎えてしまったのでしょうか。
この離婚劇を紐解く上で避けて通れないのが、結婚直前の2003年2月頃に発生した梶原雄太の突然の失踪・芸能活動休養事件です。当時、超過密スケジュールと「絶対にスベれない」という凄まじいプレッシャーにより、梶原氏は心身ともに限界を迎え、記憶の一部が飛ぶほどの極度のパニック状態に陥りました。携帯電話をへし折り、誰にも告げずに失踪。約2カ月半にわたる完全な休養を余儀なくされたのです。
失踪から保護され、実家で療養生活を送る中で精神的な支えとなったのがむつきさんでした。弱り切っていた梶原氏は彼女の存在に縋るようにして入籍を決断したとされています。しかし、現場復帰を果たしたことで状況は一変しました。
体調が回復し、再びテレビの世界の熱狂と多忙の渦に巻き込まれるにつれ、家庭を顧みる余裕を失っていきます。さらに、当時週刊誌等でも報じられたのが梶原氏の女性問題(浮気疑惑)でした。後年、バラエティ番組やYouTube動画などで梶原氏自身が過去の自分を振り返った際、「当時の自分はあまりにも未熟だった」「天狗になっており、女性関係も含めて相手を傷つけてしまった。完全に自分が100%悪かった」と率直に非を認めています。
なお、一部で囁かれていた「二人の間に子どもがいたのではないか」という噂ですが、前妻・むつきさんとの間に子どもはいません。精神的な脆さを抱えたまま勢いで踏み切った結婚生活は、現実の生活リズムの乖離と信頼関係の崩壊によって、わずか1年で終止符を打つこととなりました。