『志村けんのバカ殿様』をはじめとする数々の名物番組で見せた妥協のない笑い。その裏には、自宅での壮絶な準備期間が存在していた。家政婦が明かすところによれば、彼は自室の書斎に何千本ものお笑いビデオやコントの録画を保管し、夜遅くまでひとりで見返しては研究を重ねていたという。
「笑いは計算と間(ま)だ」――そう呟きながら、画用紙にコントの配置や小道具のセッティングを細かくメモする姿が日常的だった。酒を嗜む夜であっても、頭の中では常に次のアイデアが渦巻いていた。日本中を爆笑の渦に巻き込んだあの動きや顔芸は、天才的な閃きだけでなく、血の滲むような執念と緻密な計算から生み出された職人技だったのだ。