かしらのモデルと元ネタを探ると、日本古来の怪談や民俗学の伝承へと突き当たります。江戸時代の絵師・鳥山石燕の『今昔画図続百鬼』などに描かれる妖怪「舞首(まいくび)」がその筆頭です。酒宴の喧嘩で命を落とした3人の武士の首が、海上で炎を吹きながら争い続けるという神奈川県真鶴の伝説であり、3つの頭部が共鳴して跳ね回るかしらの挙動と酷似しています。
一方で、スタジオジブリの公式美術集や制作覚書からは、宮崎駿監督の個人的な記憶や玩具への愛着も浮かび上がります。監督はだるまやロシアのマトリョーシカ、あるいは首だけが飛び跳ねるゼンマイ仕掛けの玩具に強い関心を持っており、それらのキッチュな不気味さを油屋の「アジアン・ゴシック」な装飾空間に融合させました。
また、千と千尋の神隠し都市伝説の真相としてネット上で囁かれる「かしらはかつて湯婆婆に首を刎ねられた男たちの成れの果て」「油屋の元経営陣の霊」といった解釈は、公式が明言したものではありません。しかし、油屋という資本主義の縮図において、手足を奪われ、頭脳だけで使役されるサラリーマンの極限状態を宮崎監督が無意識に投影したという批評的見立ては、今なお高い説得力を持っています。