人々の記憶に残り続ける父・十八代目中村勘三郎の最期は、あまりにも過酷なものだった。
発端は2012年6月に公表された初期の食道がんだった。手術自体は無事に成功したものの、術後に肺疾患を併発。懸命な治療が続けられたが、最終的に命を奪った病名は「急性呼吸窮迫症候群」(ARDS)だった。重篤な呼吸不全を引き起こすこの病魔に対し、医師団による人工心肺装置を用いた壮絶な治療が続けられたものの、奇跡は起きなかった。
息を引き取る瞬間まで手を握りしめ、呼びかけ続けた息子の六代目中村勘九郎と弟の中村七之助。家族が涙ながらに明かした病室での壮絶な闘病劇と最期の様子は、多くの人々の涙を誘った。