事態が動いたのは試合開始の数時間前、球場入り直後のミーティングだった。阿部慎之助監督が極度の体調不良を訴え、ドクターの判断により急遽静養を余儀なくされた。優勝争いのプレッシャーが極限まで高まる時期の指揮官不在は、チームの根幹を揺るがしかねない危機だ。
しかし、球団首脳陣の動きは迅速だった。迷うことなく二岡ヘッドコーチの監督代行就任を決定。日本野球機構(NPB)への迅速な届出と同時に、選手会長をはじめとする主力選手たちへ経緯を直接伝達した。ベンチ裏の混乱を最小限に抑え込み、グラウンド上の戦力に雑音を持ち込ませない。球団フロントと現場が一体となった危機管理オペレーションが、電撃采配の土台を作った。