「七十二候」と「二十四節気」はセットで語られる機会が多いものの、その関係性を正確に説明できる人は意外なほど多くありません。結論から言えば、二十四節気は太陽の運行に基づく天文学的な骨格であり、七十二候はその骨格の間を動植物の営みや気象現象で満たした生態学的なグラデーションです。
太陰太陽暦(いわゆる旧暦)が使われていた時代、月の満ち欠け(太陰)だけを基準にすると実際の太陽の運行(季節のサイクル)から毎年約11日もズレが生じるという致命的な欠陥がありました。そのズレを補正するために古代中国で考案されたのが、太陽の黄道座標(黄経)を360度とし、15度ごとに1年を24等分した「二十四節気」です。春分や夏至、立春などがこれに当たります。
しかし、1区画が約15日間ある二十四節気だけでは、農業に従事する現場の人々にとって日々の自然変化を掴むには大まかすぎました。そこで、1つの節気(約15日)をさらに約5日ずつ3等分し、それぞれに具体的な鳥や虫の動き、草木の開花、氷や風の様子を当てはめたのが「七十二候」です。各節気の前半5日を「初候(しょこう)」、中盤5日を「次候(じこう)」、後半5日を「末候(まっこう)」と呼びます。
つまり、二十四節気という大きな屋台骨の中に、雑節という実用的な農事暦が組み込まれ、その隙間を約5日単位の七十二候が詩情豊かに縫い合わせているのが、日本の伝統的な暦の全体像です。