日本の裏社会史において、「歴代最強」と呼び声の高い武闘派組織がいくつか存在します。その筆頭格として語り継がれるのが、巨大組織・山口組の屋台骨を支え、数々の大抗争で最前線に立った山口組武闘派の面々です。
かつて三代目・四代目・五代目山口組の拡大期において、圧倒的な武闘組織として知られたのが山健組(初代組長・山本健一、二代目組長・渡辺芳則)でした。「山健にあらざれば山口組にあらず」とまで言わしめたその戦闘力は、若頭クラスを筆頭に組員数千人を誇り、対立組織との小競り合いから全国規模の覇権争いまで常に最前線で銃撃戦を展開しました。
さらに、平成の武闘派として恐れられたのが中野会(会長・中野太郎)です。1990年代、五代目山口組若頭射殺事件という未曾有の内部亀裂において、銃撃に次ぐ銃撃で報復を仕掛けた攻撃力は警察当局を震撼させました。中野会長自らが理髪店で銃撃を受けながらも即座にボディーガードが応射して刺客を返り討ちにした事件は、当時の裏社会の壮絶さを物語っています。
山口組系以外で歴代最強の凶暴性を持つと恐れられたのが、福岡県北九州市を本拠地とした工藤会(総裁・野村悟)です。一般市民や元警察官、企業幹部にまで直接銃撃や手榴弾によるテロを仕掛ける異様な好戦性は、日本の暴力団史上でも前例を見ないものでした。その凶暴性ゆえに、全国で唯一の「特定危険指定暴力団」に指定されることになります。