梅沢氏が前妻と結婚したのは、全国区のスターへと駆け上がる前の20代前半でした。当時は劇団の借金問題や全国巡業の過密日程が重なり、経済的にも精神的にも極めて厳しい環境に置かれていました。
前妻との間に誕生したのが第1子となる長男です。しかし、1982年にリリースされた『夢芝居』の大ヒットによって梅沢氏を取り巻く環境は激変。多忙を極める全国巡業で家を空ける日が続いたこと、さらには全国各地での奔放な女性関係やすれ違いが重なり、家庭内には修復困難な溝が生じていきました。
梅沢氏自身、過去のインタビューや自著で「当時は劇団を維持することと遊ぶことに必死で、家庭人としての責任を果たせていなかった」と率直に振り返っています。泥沼の裁判劇ではなく、お互いの将来を見据えた協議離婚を選択し、養育費や解決金を誠実に支払う形で前妻との婚姻関係に終止符が打たれました。