田中要次のキャリアを語る上で欠かせないのが、芸能界でも極めて稀有な「元鉄道マン」というバックボーンです。その歩みは、安定した公務員生活から未知の世界へと飛び込んだ挑戦の連続でした。
長野県木曽郡出身の田中要次は、地元の長野県木曽山林高等学校(現・長野県木曽青峰高等学校)を卒業後、日本国有鉄道(国鉄)に就職。信越本線などの線路を守る「保線区」に配属され、過酷な肉体労働に従事していました。
転機が訪れたのは1987年、国鉄の分割民営化(JR東海発足)のタイミングでした。もともと熱狂的な映画ファンであった彼は、民営化を機に退職を決意。映画の世界に飛び込むため上京を果たします。
当初は俳優ではなく、照明助手や録音助手といった裏方スタッフとして撮影現場を支えていました。現場スタッフとしての愛称「BoBA(ボバ)」を名乗りながら制作の最前線で働く中、現場の監督たちから「その独特の風貌を画面に出したい」と見出され、エキストラや端役としてカメラの前に立つようになります。
そして2001年、木村拓哉氏主演の大ヒットドラマ『HERO』において、バー「St.George's Tavern」の寡黙なマスター役に抜擢。「あるよ」という一言で注文をこなすコミカルかつミステリアスなキャラクターが一世を風靡し、一躍全国区の俳優としての地位を確立しました。