ピーコさんが亡くなった直接の死因は、敗血症による多臓器不全でした。70代後半に入ってから認知機能の低下が報じられていたピーコさんは、2023年春頃に自宅周辺での徘徊行動や体調不良が目立つようになり、同年春以降は行政や福祉関係者の介入によって専門の医療機関・高齢者施設へと保護されていました。
施設入所後は外部との接触を絶ち、穏やかな環境で療養を続けていたものの、基礎疾患や免疫力の低下が影響し、2024年晩夏に容態が急変。9月3日に帰らぬ人となりました。
1989年に悪性黒色腫(メラノーマ)により左目を摘出する大手術を乗り越え、トレードマークの義眼と黄色いサングラスで力強く生き抜いたピーコさん。最後まで自らの美学を貫いた生涯でした。