韓国組織暴力の歴史は、国家権力や政治の激動と表裏一体で刻まれてきました。終戦直後から1960年代にかけては、金斗漢(キム・ドゥハン)や李正載(イ・ジョンジェ)に代表される「政治ヤクザ」が政界の裏工作を担い、白昼堂々と暴力を行使していました。その後、1970年代から80年代の高度経済成長期に入ると、全羅道(湖南)出身者を中心とする「西房派(ソバンパ)」「梁恩怡派(ヤンウニパ)」「OB派」がソウルへ進出し、全国を二分する三大派閥抗争へと発展します。
西房派の頂点に君臨した金泰村(キム・テチョン)や梁恩怡派の梁恩怡(ヤン・ウニ)といった歴代ボスは、凶器を用いた凄惨な襲撃事件を繰り返し、その凶暴性で列島を震撼させました。しかし、1990年10月、治安悪化に危機感を募らせた盧泰愚(ノ・テウ)大統領が発令した「犯罪との戦争(特別宣言)」が裏社会の力学を根底から覆します。
検察と警察が合同特別捜査本部を立ち上げ、わずか数年の間に数千人規模の幹部・構成員を次々と検挙。刑法第114条(犯罪団体等の組織罪)を厳格に適用し、組織のトップを片っ端から最高刑で収監しました。この国家規模の徹底制圧こそが、今日語られる「韓国ヤクザ壊滅」という神話の起点です。巨大な統制力を誇った全国ピラミッド組織は完全に解体され、裏社会は地方都市を拠点とする中・小規模グループへの分派・独立を余儀なくされました。