華々しい実績の裏には、過酷な下積みと葛藤の歴史が存在します。公開されたさいとうなおき経歴プロフィールによると、山形県出身の同氏は多摩美術大学を卒業後、ゲームメーカーのコナミ(現・コナミデジタルエンタテインメント)に入社。『実況パワフルプロ野球』シリーズのCGデザイナーなどを務めていました。
しかし、自著や各メディアの手記で明かされたところによると、組織の中で「自分の絵が描けない」「周囲の圧倒的な才能に打ちのめされる」という深刻な自己否定に直面し、約1年で退社を決意。フリーランスとなった直後も、絵の依頼が途絶えて経済的困窮に陥り、精神的にペンを握れなくなるほどの挫折を味わったと本人は語っています。
転機となったのは、カードゲーム『デュエル・マスターズ』やポケモンカードの仕事獲得でした。与えられた制約の中でいかにクライアントの期待を超え、ユーザーの目を奪うか。自らの生存戦略を徹底的に分析し、PDCAを回し続けた経験が、現在の教育的コンテンツの厚みへと直結しています。