本作の誕生にまつわるエピソードとして有名なのが、「1994年の真夏、わずか15分〜数十分のピアノセッションでメロディの骨格が完成した」という逸話です。当時キャリアの絶頂期にあったマライア・キャリーに対し、当時の夫でありレコード会社幹部であったトミー・モトーラがクリスマスアルバムの制作を提案したことが発端でした。
全盛期のポップスターがホリデーアルバムを出すことは、当時は「キャリアの下降線を意味するリスクの高い行為」と見なされていましたが、マライアと名プロデューサーのウォルター・アファナシエフはスタジオに入り、アップテンポでエネルギッシュなロックンロール調のコード進行を構築。フィル・スペクターが確立した「ウォール・オブ・サウンド(音の壁)」や60年代のモータウンサウンドを大胆に取り入れ、瞬く間にキラーチューンへと仕上げました。
制作現場では、真夏の8月にもかかわらずクリスマスツリーやイルミネーションをスタジオ内に飾り付け、ホリデーの雰囲気を徹底的に演出してレコーディングが行われたという証言が残されています。単なる偶然ではなく、綿密な音楽的リスペクトと直感的なインスピレーションが奇跡的なスピードで融合した結果でした。