いまや世界的なスポットライトを浴びる存在だが、その原点はあまりにも泥臭い。20代前半、東京・下北沢の小さな劇場で手動の照明機材を操作し、独学で動画編集を学んでいた日々。資金も人脈もない中で作られた自主制作映画が、草の根の口コミで広まったことがすべての始まりだった。
当時の制作仲間は語る。「彼女は寝る間も惜しんで、たった1フレームの光の差し込み方に10時間以上かけていた」。スポットライトの華やかさの裏には、気の遠くなるような泥臭い試行錯誤が積み重なっている。その経験こそが、今の彼女の揺るぎない軸となっているのだ。