川田亜子さんの命の灯が消える直前、唯一のダイレクトな心情吐露の場となっていたのが、公式ブログ「Ako's Style」でした。2008年5月に入ると、それまでの明るい仕事の話題から一変し、精神的な危機を告げる投稿が相次ぐようになります。
「言葉が出てこなくなってしまった」「一番辛いのは自分」「母の温もりを思い出す」といった切痛な文言が並び、5月22日には「母へ」と題して、自らをこの世に生み育ててくれた母親への深い感謝と、自責の念が滲む文章が綴られました。ファンの間でも「様子がおかしい」「休養が必要なのではないか」と心配の声が急速に広がっていた最中でした。
そして2008年5月25日深夜から26日未明、東京都港区海岸の路上に停車していた車内(自家用車)の後部座席で倒れている彼女が発見されます。車内からは燃え尽きた練炭コンロと親族宛ての遺書が発見され、警察の司法解剖および現場検証の結果、死因は一酸化炭素中毒による自死と断定されました。享年29。将来を嘱望されたトップキャスターのあまりにも早すぎる旅立ちでした。
死の直前の足取りをたどると、彼女は誰にも頼ることのできない深い孤立感の淵で、自らのアイデンティティであった「言葉を紡ぐこと」すら奪われていく恐怖と孤独に苛まれていたことが浮き彫りになります。弱音を吐くことを自らに禁じてきた完璧主義のパーソナリティが、逃げ場を完全に塞いでしまった結果でした。