銀座千疋屋を語る上で外せないのが、日本発となる「フルーツパーラー」の歴史だ。1923年、二代目社長の齋藤義政が「果物をより手軽に、贅沢に味わってほしい」という想いから、店舗の2階に喫茶スペースを開設したのがすべての始まりだった。
高級フルーツ専門店として宮内庁御用達の栄誉を賜る一方で、果実をふんだんに使ったフルーツポンチを日本で初めて考案したのも銀座千疋屋である。当時としては極めてハイカラな洋食文化と最高峰の果物を融合させた試みは、大正から昭和初期の銀座文化を象徴する一大トレンドとなった。
選び抜かれたメロンやイチゴ、マンゴーは、熟練の目利きが糖度や形状だけでなく、香りの立ち上がりや食べ頃の瞬間まで計算して仕入れている。単に果物を売るのではなく、「最も美味しい瞬間」を届けるという妥協なき姿勢が、一世紀以上にわたり銀座の地で支持され続ける所以だ。