「花道」という言葉の直接のルーツは、江戸時代初期に発展した歌舞伎劇場の舞台機構にあります。舞台の下手(客席から見て左側)から客席を縦断して後方の「鳥屋(とや)」と呼ばれる小部屋まで一直線に伸びる通路を指し、現在でも日本の伝統芸能を象徴する極めて独創的な空間設計として世界的に高く評価されています。
この通路がなぜ「花道」と呼ばれるようになったのかについては、主に2つの有力な歴史的エピソードが存在します。最も広く知られているのは、観客が贔屓(ひいき)の役者に対して祝儀や金品(=花)を直接手渡すための場所であったという説です。江戸時代の観客は、感動的な演技を見せた役者に対し、手拭いや着物、金銭を「花」に見立てて投げ入れたり通路沿いで渡したりしていました。そこから転じて、役者が通る特別な通路そのものが「花道」と呼ばれるようになったと記録されています。
また、歴史資料によると、寛文年間(1660年代)の記録にはすでに仮設の通路が存在していた痕跡があり、享保年間(1730年頃)には舞台下手へ恒久的に設置される形式が確立されました。花道には舞台から七三(全体の10分の3の位置)に「すっぽん」と呼ばれる小型のせり(昇降装置)が備えられており、妖怪や幽霊、妖術使いといった人間離れした役柄が劇的に登場・退場する仕掛けとしても機能しています。つまり、花道は単なる移動用の通路ではなく、演者と観客の物理的・心理的距離を極限まで縮めるための革新的な演出空間だったのです。