国立国会図書館デジタルコレクションで閲覧できる古活字版の注釈書や、世界最古の木造建築として知られる法隆寺に伝わる古文書を紐解くと、古代の人々がいかにこの理念を実践しようとしたかが見えてくる。
当時の記録を精査すると、太子が警戒したのは「盲従」と「忖度」であったことが明白だ。上の者に無批判に従うこと(忤ふこと無き)を戒めつつも、単なる反発のための反論を退け、徹底して物事の本質を協議する場を求めていた。後世に作られた聖徳太子像の神秘性に惑わされず、一次史料に近いテキストを丹念に追うことで、冷徹なリアリストとしての太子の横顔が浮かび上がる。