本作のミステリーを語る上で、長年コミュニティで議論の的となってきたのが「時間軸の逆転現象」です。物語の冒頭で音無が記憶喪失の状態で目覚めたとき、すでにかなでは生徒会長「天使」として死後の世界に君臨し、ゆり率いる死んだ世界戦線(SSS)と長期にわたる抗争を繰り広げていました。しかし、かなでの命を救ったのが音無の心臓であるならば、「心臓を提供した音無の方が、提供を受けたかなでよりも先に死亡しているはずであり、死後の世界に来るのが遅すぎる」という物理的・論理的な矛盾が生じます。
この謎を解く鍵は、音無の死亡理由と、死後の世界の特殊なシステム設計に隠されています。第9話および第10話で明かされた通り、音無の死因は「乗車していた電車のトンネル崩落事故に伴う、極度の脱水症状と内臓破裂」でした。妹の初音を難病で失った絶望から立ち直り、他者を救う医療従事者を目指して猛勉強していた音無は、暗闇のトンネル内で生存者たちを励まし、自らの食糧や水を分け与え、救援隊が到着するわずか数分前に力尽きました。そして息を引き取る直前、朦朧とする意識の中で自らの健康保険証のドナーカード欄に「全臓器提供」の丸を付けたのです。
音無は、自らの人生を他者への奉仕に捧げ尽くし、最後の一瞬まで人間としての尊厳を保って死亡しました。すなわち、彼は「本来であれば死後の世界に迷い込む理由がない、未練を残さずに生を全うした人間」だったのです。にもかかわらず、なぜ彼がこの世界に現れたのか。これについて麻枝准氏は、死後の世界には現世のような一方向の絶対的な時間軸が存在しないことを示唆しています。
かなでが天寿(または移植後の術後経過による死)を全うして死後の世界へ到達した際、彼女の唯一の心残りである「心臓の持ち主へのお礼」を果たす相手は、そこには存在しませんでした。成仏できずに滞留し続けたかなでのあまりにも純粋な祈りと強い想いが、現世の時間の因果を超えて、すでに別の領域へ旅立つはずだった音無の魂を死後の世界へと手繰り寄せたのです。音無が生前の記憶を完全に失っていたのも、トラウマによる記憶喪失ではなく、「本来来るはずのなかった存在が、バグとして世界に召喚された代償」であったと解釈することで、すべてのピースが完璧に合致するよう設計されています。