ファンが最も胸を痛めるのは、未完作品 続き どうなるという一点です。
漫画制作現場の近代化に伴い、近年のクリエイター界隈では「万が一の事態における作品の継承」について生前に取り決めを交わすケースが増加しています。以前は「作者固有のタッチや感性は代えがきかない」という属人性が絶対視されていましたが、デジタル作画の普及と制作スタジオ制の進化が潮目を大きく変えました。
代表的な事例として、三浦建太郎氏逝去後の『ベルセルク』が挙げられます。親友であり漫画家の森恒二氏による監修と、長年現場を支えた「スタジオ我画」のアシスタント陣が原稿を緻密に再現し、物語の結末へ向けて連載を継続しています。これは「作者が生前語っていたラストシーンまでの構想」を完全に共有していたからこそ実現した稀有な事例です。
一方で、プロットすら残されていないケースでは、連載再開 可能性は実質的にゼロとなります。他者が勝手に結末を補筆することは著作者人格権の同一性保持権(著作権法第20条)に抵触する恐れがあり、何より作品の根幹を損なうためです。未完のまま最終巻を刊行し、未公開ネームやメモを「特別資料」として掲載する形式が、出版界における最も誠実な敬意の表し方として定着しています。