「みかんの花が咲いている」というフレーズを聞いて、誰もが思い浮かべるのが名曲『みかんの花咲く丘』ではないでしょうか。この曲の誕生には、戦後日本のラジオ放送史に残る感動的なドラマがありました。
制作されたのは終戦翌年の1946年(昭和21年)8月。NHK静岡放送局から全国に向けて放送される復興特別番組の生放送当日、作詞家の加藤省吾氏は東京から伊東へ向かう東海道線の車中で、まだ歌詞を完成させていませんでした。車窓から見える伊東の海と段々畑のみかん山にインスピレーションを受け、揺れる列車の中で一気に書き上げたのがあの歌詞です。
受け取った作曲家の海沼実氏も、生放送のわずか数時間前に曲を完成させ、当時15歳の少女歌手・川田正子氏が見事に歌い上げました。戦争で心に傷を負った全国の子どもたちや復員兵の胸に、母を想う温かなメロディとみかん山の情景が深く染み渡り、時代を超えて歌い継がれる不朽の名作となったのです。