昭和20年(1945年)という年は、日本近現代史において最も激しい断絶と再編が起きた年です。3月の東京大空襲、沖縄戦、8月の広島・長崎への原子爆弾投下、そして8月15日の終戦の詔書発布へと至る混乱の極限で、この世代の命は誕生しました。
昭和20年終戦の年歴史を紐解くと、当時の出生数は前後の年に比べて激しい制約を受けていました。厚生労働省の人口動態統計によると、1945年の国内出生数は推定約160万人から170万人前後とされ、出征による家族の離散、極度の食糧難、乳幼児死亡率の高さといった苛烈な環境下で幼少期を過ごしています。物資が完全に枯渇した焦土からの復興、1950年代半ばから始まった高度経済成長、1964年の東京オリンピック、そして1980年代のバブル経済とその崩壊に至るまで、日本社会の栄枯盛衰のすべてを現場の担い手としてくぐり抜けてきたのが1945年生まれ何歳かを語る上で欠かせないバックボーンです。
文化・芸能・スポーツの分野においても、独自の存在感を放つ巨星が揃っています。昭和20年生まれ芸能人有名人として筆頭に挙げられるのが、国民的俳優の吉永小百合(1945年3月13日生まれ)です。戦後の希望を象徴するスターとして銀幕に君臨し続け、80代を迎えてもなお現役として凛とした姿を見せています。また、テレビ文化の礎を築いたタモリ(森田一義)(1945年8月22日生まれ)は、終戦からわずか1週間後の福岡で生を受けました。独自の軽妙さと知性で長年お茶の間を牽引してきた姿は、この世代の底知れない柔軟性と生命力を象徴しています。さらに実力派女優の宮本信子(1945年3月27日生まれ)や、国民的歌手の水前寺清子(1945年10月9日生まれ)など、時代の空気を変える熱量を持ったフロントランナーが多数輩出されました。