川中島の戦いは天文22年(1553年)から永禄7年(1564年)までの約12年間にわたり、合計5回行われました。激しい正面衝突ばかりが注目されがちですが、実際には高度な情報戦や外交戦、にらみ合いが主体でした。
・第1次合戦(1553年・布施の戦い):村上氏の旧領回復を支援する謙信が信濃へ出兵。先鋒戦が行われたものの、信玄が決定的な衝突を避けて軍を引いたため小規模な前哨戦で終了。
・第2次合戦(1555年・犀川の戦い):川中島を挟んで200日以上におよぶ長期対陣が発生。今川義元の仲介によって講和が成立し、双方が兵を収めた。
・第3次合戦(1557年・上野原の戦い):信玄の北信濃侵攻再開に伴い再び対峙。信玄が巧みに決戦を回避し、謙信側も決定打を欠いて撤退。
・第4次合戦(1561年・八幡原の戦い):シリーズ最大の激闘。両軍合わせて数千人の死傷者を出す流血戦となり、勝敗の議論の中心となる舞台。
・第5次合戦(1564年・塩崎の対陣):飛騨の勢力争いに端を発して布陣するも、両軍ともに衝突を警戒し、実戦のないまま睨み合いで終結。