母娘の音楽性を比較すると、ジャンルこそ昭和歌謡・演歌と現代R&B・ポップスという対極に位置するように見えますが、その表現の深部には驚くほどの血縁的共鳴が存在します。特に若い頃のビジュアルや佇まいは酷似しており、世間に迎合しない怜悧な眼差し、ハスキーで憂いを帯びた声質は見る者を圧倒しました。
1970年にリリースされた『圭子の夢は夜ひらく』で藤圭子が見せた歌唱は、単なる演歌の枠組みを超え、社会の底辺に生きる人々の情念を代弁する「怨歌(えんか)」と呼ばれました。低音で押し出す乾いたハスキーボイスは、当時の若者から知識人層までを熱狂させました。
一方、宇多田ヒカルは洗練されたグルーヴ感と繊細なファルセット、音節を滑らかに崩すメリスマ唱法でJ-POPに革命を起こしました。歌唱技術の表面的なアプローチは大きく異なりますが、音響分析や音楽評論家が指摘するように、二人の声には「聴く者の涙腺を刺激する独特の哀愁成分(1/fゆらぎ)」が共通して宿っています。宇多田ヒカルが歌うバラードに漂う言葉にならない切なさは、間違いなく母から授かったDNAの賜物です。