大鏡「三船の才」徹底解剖|藤原公任が絶賛の裏で後悔した真相

大鏡「三船の才」徹底解剖|藤原公任が絶賛の裏で後悔した真相

今注目を集めている 大鏡「三船の才」徹底解剖|藤原公任が絶賛の裏で後悔した真相について、多角的な視点をご紹介しています。

物語の舞台は、京都の景勝地・大堰川(嵐山付近の大井川)。寛弘4年(1007年)頃、権勢を極めつつあった藤原道長が貴族たちを引き連れて川遊びを催しました。道長は川面に「和歌の舟」「漢詩の舟」「管弦の舟」という趣向を凝らした3隻の舟を浮かべ、それぞれの道の一流の専門家たちを分乗させます。そのとき道長は、当代きっての風流人として知られた大納言・藤原公任に「そなたはどの舟に乗るのか」と問いかけました。

いずれの舟に乗っても当代第一級の腕前を持つ公任が選んだのは「和歌の舟」でした。公任は舟の上で見事な歌を詠み上げ、道長をはじめとする参会者全員から激賞を受けます。しかし、後日談として公任自身が語った胸の内には、常人には計り知れない悔しさが渦巻いていました。

原文とわかりやすい現代語訳の対比

『大鏡』の語り手である老人・大宅世継(おおやけのよつぎ)が語る印象的な名場面を、原文と現代語訳で振り返ります。

【原文】
大入道殿の、大堰川に舟浮かべさせたまひて、作文・和歌・管弦の舟を分かちたまひて、その道のをのおの乗らせたまひしに、頭の殿の、まだ大納言にもならせたまはで、大弁の君と申しし折、入道殿、「大弁は、いずれの舟にか乗らるる」とのたまひしかば、「和歌の舟に乗らむ」とのたまひて、詠みたまひしぞかし。
小倉山 嵐の風の 寒ければ もみぢの葉着ぬ 人しなければ
さて、みづから宣ひしは、「作文に乗るべかりける。詩のまことに善からましかば、さらに名の上るべきに、我が思ひてのぼらぬは、和歌の舟のあまりにやすらかに見えしかば、安き心に乗りて、かく言ふかひなき歌を詠みて止みにき。口惜しかりしわざかな」とぞ悔いたまひし。一筋をだに心得がたきに、三つの道に優れて、さらに劣らざりけむは、めでたきことなり。

【現代語訳】
大入道殿(藤原道長)が、大堰川に舟をお浮かべになって、漢詩(作文)・和歌・管弦の舟をそれぞれ分けなさいまして、その道に秀でた人々をそれぞれお乗せになったときのことです。頭の殿(藤原公任)が、まだ大納言にもおなりにならず、左大弁の君と申し上げていたころ、入道殿が「大弁は、どの舟にお乗りになるのか」とお尋ねになりましたので、公任殿は「和歌の舟に乗りましょう」とおっしゃって、和歌の舟にお乗りになり、こうお詠みになったのです。
「小倉山から吹き下ろす嵐の風が寒々しいので、(紅葉が吹き散らされて衣服のようにまとわりつき)紅葉の葉を着ていない人はいないことだ」
そののち、ご自身でおっしゃったことには、「漢詩の舟に乗るべきであった。もし漢詩が本当に素晴らしい出来であったなら、さらに名声が上がったはずなのに。私がそう乗らなかったのは、和歌の舟があまりに気楽に思えたので、安易な気持ちで乗ってしまい、このように取り立てて言うほどでもない凡庸な歌を詠んで終わってしまった。実に無念なことであった」と後悔なさったのです。ひとつの芸道でさえ極めることは難しいのに、3つの分野すべてに優れて、どれも他人に引けを取らなかったというのは、実にすばらしいことです。

加藤 愛美
著者

加藤 愛美

マーケティングと消費者心理のトレンドを分析し、現代のヒット商品の背景を読み解きます。