初期虫歯の議論において、決定的な誤解がもう一つ存在する。それは「歯医者に行くと、削らなくていい初期虫歯まで金儲けのために削られてしまうのではないか」という根深い不信感だ。
昭和から平成初期にかけての歯科医療界では、予防拡大(Extension for Prevention)という旧来の原則に基づき、「将来虫歯が広がりそうな奥歯の溝は、初期段階で予防的に大きく削って金属を詰める」という手法が標準治療として教育されていた。当時を知る中高年層や、その経験談を聞いて育った世代が「一度歯医者に行ったら最後、削られまくる」と恐怖を抱く背景には、こうした医療史の経緯がある。
しかし、国際歯科連盟(FDI)がMI宣言を採択して四半世紀が経過した現在、日本の公的医療保険制度においてもエナメル質初期う蝕管理料などの予防・管理を評価する点数が拡充されている。現代の真っ当な歯科医院にとって、削る必要のない停止性う蝕を強引に削る行為は、医療倫理上も診療効率上も何のメリットもない。「削らずに維持・管理し、どうしても必要な箇所だけをマイクロスコープ下でピンポイントに処置する」ことが、2026年現在のスタンダードとなっているのだ。