言葉以上に旅行者を驚かせるのが、世界各地に伝わる身体動作を伴う挨拶です。世界の珍しい挨拶マナー真相を調査すると、一見すると奇異や無作法に思える行動の背後に、命を守り相手を敬うための極めて合理的な必然性が隠されていることが分かります。
代表的な事例が、チベット伝統の「舌をペロッと突き出し、頭をかく」挨拶です。現代の日本で舌を出す行為は侮辱や挑発と受け取られかねませんが、チベットでは最大の敬意表現とされています。この習慣の起源は9世紀、仏教を弾圧した残酷な王「ランダルマ」の伝説に遡ります。悪名高きランダルマ王は舌が黒かったと信じられており、人々は「自分は黒い舌を持たない善良な人間であり、王の生まれ変わりでも悪霊でもない」という潔白を証明するために舌を見せ合いました。つまり、相手に対して敵意がないことを証明する安全確認の儀式だったのです。
オセアニア地域にも独特の身体接触が存在します。ニュージーランド先住民族マオリの伝統的挨拶「ホンギ(Hongi)」では、お互いの鼻と額を軽く押し当て合います。これは単なる親愛の情を示すスキンシップではありません。マオリの神話において、神が土で作った人間の鼻腔に生命の息吹(ハー)を吹き込んだことで命が誕生したとされており、鼻を触れ合わせる行為は「共に生命の息吹を分かち合う」という神聖な受容の儀礼なのです。
さらに、ツバルなどのポリネシア諸島では相手の頬に顔を近づけて深く匂いを嗅ぐ挨拶があり、フィリピンには若者が年配者の右手を取って自らの額に当てる「マノ(Mano)」という敬意の作法が残されています。文化人類学の視座に立てば、これら世界の挨拶ジェスチャー文化の違いは、過酷な自然や厳格な共同体の中で「他者を受け入れ、安全を担保する」ために練り上げられた知恵の結晶に他なりません。