「平安貴族は腕利きの医師に囲まれて手厚い治療を受けていた」というイメージも、大きな誤解の一つです。当時の医療体制である「典薬寮」には中国から伝来した漢方医学や鍼灸を操る医師が存在したものの、その医学的アプローチは極めて限定的でした。
当時の死生観において、病気の真の主因は細菌やウイルスではなく、「怨霊の祟り」や「物怪(もののけ)」の憑依であると本気で信じられていました。熱病に苦しむ患者の枕元で行われたのは、衛生的な隔離や投薬ではなく、密教僧による激しい加持祈祷や、陰陽師による調伏儀式です。患者の周囲に大人数が集まり、密閉された部屋で祈祷を繰り返した結果、飛沫感染を促してパンデミックを拡大させるという皮肉な事態も日常茶飯事でした。
さらに平安時代の女性の平均寿命を著しく削ったのが、出産の過酷さです。消毒の概念が存在しない時代、出産は文字通り命を賭けた儀式でした。胎盤遺残による大出血や、不衛生な器具・手指による感染症(産褥熱)により、多くの母体が命を落としました。貴族であっても出産時に亡くなるケースは多発し、それが女性全体の平均余命を大きく押し下げていたのです。