山田和利氏の現役時代は、まさに闘志と職人技が光るプレースタイルでした。愛知県名古屋市出身の山田氏は、高校野球の名門・東邦高校で主将・中心打者として甲子園に出場。1983年のドラフト会議にて中日ドラゴンズから4位指名を受けてプロ入りを果たしました。
入団後は内野のユーティリティープレイヤーとして頭角を現し、堅実な守備と勝負強い打撃で首脳陣の信頼を獲得。1991年にはトレードで読売ジャイアンツへ移籍し、長嶋茂雄監督のもとでも貴重な内野のバックアップや代打の切り札として存在感を発揮しました。1996年には再び古巣の中日ドラゴンズへ復帰。アキレス腱断裂などの大怪我を乗り越えながら、泥臭くチームに貢献し続けました。
通算成績は実働10年で366試合に出場、打率.260、22本塁打、81打点、149安打。数字以上のインパクトを残すクラッチヒッターであり、守備位置を問わずチームの穴を埋める職人的な立ち位置は、ファンから深く愛されました。