日本の新左翼運動の中で、現在に至るまで大きな影響力を保ち続けている二大巨頭が「中核派(革命的共産主義者同盟全国委員会)」と「革マル派(日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派)」です。
もともとは同じ一つの組織(革共同)でしたが、路線対立から1963年に分裂。以降、数十年にわたり「内ゲバ」と呼ばれる熾烈な殺傷抗争を繰り広げました。互いの活動家を街頭や住宅街で急襲し、鉄パイプなどで殺害する陰惨な報復合戦により、双方合わせて100人以上の死者、数千人規模の負傷者を出したと記録されています。
中核派は街頭デモでの衝突やゲリラ事件を前面に押し出す武闘派路線を展開し、成田空港建設反対を叫ぶ「三里塚闘争」などにも深く関与しました。対する革マル派は、官公庁や鉄道・情報通信といった重要インフラ産業の労働組合、大学自治会への組織的潜入(浸透工作)を得意とし、組織の保全と理論構築を重視する戦略をとってきました。