中川昭一と麻生太郎の絆|涙の弔辞と死の真相、盟友が貫いた政治美学

中川昭一と麻生太郎の絆|涙の弔辞と死の真相、盟友が貫いた政治美学

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しかし、栄光の舞台裏で悲劇の歯車が回り始めます。2009年2月、イタリアで開催されたローマG7(7カ国財務相・中央銀行総裁会議)の記者会見において、中川氏はろれつが回らない極度の体調不良の姿を世界中に晒すこととなりました。

メディアによる激しいバッシングが吹き荒れる中、中川氏は過労と風邪薬の多重服用が原因であると釈明したものの、事態の沈静化を図るため財務大臣を辞任。麻生首相にとっても、自身の右腕を失う最大の打撃となりました。その年の第45回衆議院議員総選挙で自民党は下野し、中川氏自身も落選の憂き目に遭います。

そして2009年10月3日、東京都世田谷区の自宅で中川氏は56歳という若さで帰らぬ人となりました。死因の真相を巡っては様々な憶測や陰謀論が飛び交いましたが、警察の行政解剖による公式発表は循環器系の障害に伴う病死(急性心不全など)と断定されています。心労、過労、そして睡眠導入剤とアルコールの相互作用が重なった結果と見られていますが、日本の将来を憂い続けた男の早すぎる死は、日本政界に巨大な喪失感を残しました。

山下 哲也
著者

山下 哲也

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。