それにしても、なぜ特定の著名人と教団を結びつける噂は、時代を超えて消費され続けるのだろうか。第一に挙げられるのは、芸能プロダクションや個人のプライベートが本質的に非公開であり、外部からの検証が困難であるという秘密性だ。不透明な空間が存在する限り、人間はそこに自らの想像やドラマ性を流し込みたくなる心理的動機を持つ。
第二に、信仰を持つ芸能人という存在が持つ「ミステリアスなギャップ」が、メディアにとって強力なコンテンツになり得るという点である。華やかな脚光を浴びる一方で、舞台裏では過酷なストレスに晒されるタレントたちが、神秘的な体験や救いを求めたというストーリーは、大衆の好奇心を刺激して止まない。噂を拡散する側も、真偽の確認以上に「語りたくなる物語」としての価値を優先してしまう傾向がある。