物議を醸した決定的な要因は、歌詞中に配置されたいくつかのセンシティブなワードと、それらを巡る語り口にあります。「この国で生まれ育ち この国で死んでゆく なのに君の手を握りながら この国のことを話せない」「国旗は立てないの? 国歌は歌わないの?」といった問いかけ、さらには「美しい日本」というフレーズの連打です。これらは当時の政治情勢や論争的なスローガンを連想させるのに十分なフックを持っていました。
しかし、アルバム発売当時の音楽雑誌のインタビューや各種対談で語られた北川悠仁 作詞意図を精査すると、そこにあったのは特定の政治勢力への加担やナショナリズムの鼓舞というよりも、当事者としての「コミュニケーション不全への恥じらい」であったことが分かります。北川自身が海外渡航時や外国人との対話の現場で、「自分の生まれ育った国の歴史や文化、シンボルについて何も自分の言葉で説明できない」という無知や後ろめたさを痛感した経験が、創作の原点となっていたのです。
つまり、本作は「国家を盲信せよ」と主張しているのではなく、「なぜ私たちは自国について誇りも疑問もフラットに語り合うことすらタブー視してしまうのか」という、極めて個人的な問題提起でした。自虐史観の脱却でも盲信的な愛国心の押し付けでもなく、一人の生活者としての戸惑いや疑問を素描した試みだったことが、文脈を丁寧に辿ることで見えてきます。