現代の乗用車のような電動パワーウインドウや電子制御が発達していなかった昭和時代、タクシーの自動ドアは極めて精巧な物理的メカニズムによって実現していました。その心臓部となったのが、通称「トンボ」と呼ばれる手動式リンク機構です。
運転席のサイドブレーキ付近に設置された長いレバーをドライバーが前後・上下に操作すると、車体の床下や内張りを通るロッド(金属棒)やワイヤーを介して、左側後部ドアのヒンジ部分にダイレクトに力が伝達されます。てこの原理とリンク機構を巧みに組み合わせることで、ドライバーはわずかな力加減でドアを素早く、あるいは静かに開閉できるよう設計されていました。
この機械式(バキューム式やエア式も一部存在)の仕組みには、バッテリーへの負荷がかからず故障率が低いという圧倒的なメリットがありました。また、ドライバーの指先ひとつでドアの開閉スピードをミリ単位でコントロールできるため、「縁石にぶつかりそうな狭い場所では少しだけ開ける」「強風の日は煽られないように慎重に保持する」といった職人技のような対応を可能にしていたのです。