報道の第一線で戦う表現者としてのキャリアは、日本放送協会(NHK)への入局から始まった。マイクに向かう彼の声は、正確無比な発音と落ち着き払ったトーンを併せ持ち、終戦間もない社会の不安を和らげる不思議な安心感をたたえていた。アナウンサーとしての基礎を徹底的に叩き込まれた彼は、瞬く間に報道番組の顔として認められていく。
やがて民放ラジオの開拓期が訪れると、彼の情熱は新たな新天地へと向けられた。1950年代初頭、ラジオ東京(現在の株式会社TBSラジオ)の開局に参画。公共放送で培った確かなアナウンス技術を携え、民放ならではの自由でダイナミックな番組作りに飛び込んでいった。マイクの前に立つ彼の立ち姿は常にストイックであり、原稿の一文字一文字に魂を込める姿勢は同僚たちの語り草となった。