園まり「逢いたくて逢いたくて」魅惑の歌声と名曲誕生の真相

園まり「逢いたくて逢いたくて」魅惑の歌声と名曲誕生の真相

園まり「逢いたくて逢いたくて」魅惑の歌声と名曲誕生の真相の全体像を分かりやすくまとめてご紹介します。

いまや昭和歌謡史のマスターピースとして君臨する本曲ですが、実はゼロから書き下ろされた新曲ではなかったという事実は、音楽ファンの間でも意外な盲点として語られます。この曲の母体となったのは、1962年(昭和37年)に双子デュオ・ザ・ピーナッツが歌ったシングル曲「手編みの靴下」でした。

作曲を手がけた宮川泰さんと作詞を担当した岩谷時子さんは、渡辺プロダクションの黄金期を支えた盟友コンビです。宮川さんは「手編みの靴下」のメロディラインが持つ哀愁と美しさに深い愛着を抱いており、「このメロディは歌い手とアレンジを変えれば、もっと人々の心の奥底に刺さるはずだ」という確信を捨てきれずにいました。そこで、当時ポップスからの脱皮を模索していた園まりさんのシングル企画として、大胆な再構築を決断します。

岩谷時子さんは、少女の初々しい恋心を描いていた「手編みの靴下」の詞をすべて破棄し、大人の女の情念と叶わぬ恋の切なさを宿した「逢いたくて逢いたくて」の歌詞を一から紡ぎ出しました。さらに宮川泰さんは、洋風の軽やかなアレンジを排し、情緒的なストリングスと哀愁を帯びたギターのストロークを前面に押し出す演歌歌謡寄りのアレンジへと変貌させました。クリエイター陣の並々ならぬ執念が、埋もれかけた佳曲を不朽の名作へと昇華させた瞬間でした。

伊藤 翔太
著者

伊藤 翔太

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。