なぜ平成元年の硬貨は、これほど規格外の規模で鋳造されなければならなかったのか。そこには当時の社会制度の根本的な転換が関わっています。
1989年(平成元年)4月1日、日本社会に初めて「消費税(導入当初は3%)」が導入されました。1円単位の端数が日常のあらゆる決済で発生するようになり、小売店や金融機関の窓口では釣銭用硬貨の枯渇パニックが発生しました。大蔵省(現・財務省)および造幣局は通貨供給の安定を最優先とし、すべての金種において記録的な大増産を敢行したのです。
また、日本特有の記念心理も市場の歪みを生み出しました。元号が変わった節目に「新時代の記念」として手元の平成元年硬貨を使わずに保管する貯金箱ブームが起き、結果として膨大な量の硬貨が市中から家庭内へと死蔵されました。現在、実家の片付けなどで大量の平成元年硬貨が見つかるのは、当時の人々が一斉に「退蔵」した証拠にほかなりません。
古銭買取 500円玉 ネットの反応を検証すると、「祖父の遺品から未使用の平成元年500円玉が大量に出てきたのに、査定額が額面通りで落胆した」という投稿が散見されます。希少性とは「現存する数の少なさ」によって規定されるため、多くの人が大切に残していたという事実そのものが、皮肉にも将来的なプレミア化を阻む要因となってしまったのです。