吉高由里子さんの若い頃を語る上で避けて通れないのが、蜷川幸雄監督がメガホンをとった2008年公開の映画『蛇にピアス』と、そのクランクイン直前に発生した生死を分かつ壮絶な交通事故です。
芥川賞を受賞した金原ひとみ氏の同名小説を映画化するにあたり、主人公・ルイ役のオーディションは過酷を極めました。舌にピアスを開け、背中に龍と麒麟の刺青を彫り、刹那的な痛みの中に生の実感を見出す難役です。全身全霊で役を掴み取り、いよいよ撮影へ向かおうとしていた2007年秋、吉高さんはプライベートで同乗していた自動車が大型トラックと衝突する大惨事に見舞われます。
車外へ投げ出された吉高さんは、顎(あご)の骨を複雑骨折し、集中治療室(ICU)に5日間収容され、全治6ヶ月の重傷を負いました。当時の特番インタビューや手記において、彼女は管だらけになり顔が腫れ上がった当時の状況を次のように吐露しています。
「天井を見つめながら、人間って本当に簡単に壊れるんだと思った。顔に傷が残って女優の道が閉ざされても、生きているだけで丸儲けなんだと痛感した」
この極限状態の体験は、19歳の少女が抱きがちな「綺麗に見られたい」「失敗したくない」という自意識を完全に打ち砕きました。奇跡的な回復力を遂げて現場に復帰した吉高さんは、ヌードシーンを含む激しい濡れ場や、極限の心理描写に対して一片の躊躇も見せずに向き合いました。蜷川幸雄監督が「傷だらけの顔で現場に戻ってきたとき、この子の覚悟は本物だと確信した」と述懐した通り、その演技は圧倒的な凄みを帯びていました。
その結果、吉高さんは第32回日本アカデミー賞新人俳優賞および第51回ブルーリボン賞新人賞をダブル受賞。死の淵から生還した経験が、女優・吉高由里子の唯一無二のリアリズムへと昇華された決定的な瞬間でした。