社民党の衰退を決定づけた物理的要因は、有力政治家の大量流出と労働組合という「集票マシン」の喪失です。
1996年9月、小選挙区制の導入を目前に控えた局面で、鳩山由紀夫氏や菅直人氏らを中心に「旧民主党」が結党されました。この動きに呼応し、社民党からは元北海道知事の横路孝弘氏をはじめとする有力な中堅・若手議員が雪崩を打って合流。社民党に残されたのは、村山富市氏や土井たか子氏といった長老・幹部クラスばかりとなり、「将来性のない過去の政党」というイメージが定着してしまいました。
さらに致命的だったのが支持母体労組の離反です。かつて社会党の強力な足腰だった「日本労働組合総評議会(総評)」は、1989年に民間主導の「全日本民間労働組合総連合(連合)」へと統合。この労政再編により、自治労(全日本自治団体労働組合)や日教組(日本教職員組合)といった官公労系労組の影響力は相対化され、実利を求める組合組織の支援先は、政権交代を現実的に目指せる民主党(その後の民進党、立憲民主党・国民民主党)へと本格的にシフトしました。
街頭や職場での組織的ビラ配り、選挙カーの動員、企業・団体窓口での推薦獲得といった泥臭い集票活動の担い手が急速にいなくなり、社民党は選挙を戦うための手足を失っていったのです。