大久野島は戦時中、旧日本軍の毒ガス工場が置かれていたことから「地図から消された島」という暗い歴史を持ちます。現在の「うさぎ島」となった経緯は戦後の観光開発に端を発しています。1971年に地元の小学校で飼育されていた8羽のアナウサギ(カイウサギ)が島に放たれ、天敵の少なさと温暖な気候によって自然繁殖を繰り返した結果、現在の姿が形成されました。
愛らしい姿で観光客を迎えるうさぎたちですが、その生活環境は決して平穏ではありません。家庭で飼育される愛玩うさぎの平均寿命が7〜10年程度であるのに対し、大久野島のうさぎの寿命はわずか2〜3年程度と言われています。
過酷な雨風や冬の寒さ、縄張り争いによる大怪我、観光客の誤った扱いによるストレスなど、厳しい自然の淘汰に晒されながら命をつないでいます。「かわいいから」と安易に触れ合うのではなく、過酷な環境で生きる命への敬意を持つ必要があります。