スピーキングにおける最大の疑問、すなわち「なぜ膨大な単語や文法を知っているのに一言も口から出てこないのか」という問いに対し、言語学の領域である第二言語習得論の真相は明快な解答を与えています。言語心理学者ウィレム・レヴェルトが提唱した「発話生成モデル」によれば、人間が言葉を発するプロセスは「概念化(何を伝えるか)」→「言語化(語彙の選定と統語構築・音韻符号化)」→「調音(筋肉を動かして声に出す)」という3段階のステップを踏みます。
多くの日本人学習者は、英語のテキストを「読む」「聞く」ことには慣れているため、視覚や聴覚からの情報を頭で分析する受動的な処理速度には長けています。しかし、発話時に求められるのは、頭の中にある抽象的な思考を一瞬で英文法に従って組み立て、音声情報へ変換する能動的な処理です。単語帳を眺めて「apple=りんご」と記憶する行為は、脳の記憶領域に「宣言的知識(知っていること)」を蓄積しているに過ぎません。楽器の演奏や自動車の運転と同じく、身体と脳を直結させて無意識に動作させる「手続き的知識(できること)」へと昇華させない限り、実際の会話のテンポには到底追いつけない構造になっています。
教育機関の調査や現場の英語指導データでも、英語が話せない人の決定的な理由の筆頭として「頭の中で日本語の文構造を思い浮かべ、それを英語の語順へ翻訳してから喋ろうとする認知負荷の過大さ」が挙げられています。脳のワーキングメモリ(作業領域)が翻訳作業だけで100%パンクしてしまい、語彙の想起や発音のコントロールにまでリソースが回りません。暗記偏重の学習は、いわば「自動車の構造マニュアルを丸暗記しただけで、一度も公道でハンドルを握らずにF1レースに出場しようとしている」ような状態です。必要なのは知識の絶対量を増やすことではなく、手持ちの中学レベルの基本知識をコンマ数秒で自動再生させる回路の構築なのです。