「アレイからすこじま」に足を踏み入れた来訪者が一様に驚くのは、潜水艦との距離の近さです。通常、各国の軍港や潜水艦基地は厳重な軍事機密エリアとして隔離され、一般人がその係留風景を日常的に観察することは不可能です。しかしここでは、歩道の柵の向こう、目と鼻の先にある浮桟橋に最新鋭の「たいげい型」や「そうりゅう型」を含む海上自衛隊呉基地の潜水艦が日常的に横付けされています。
この特異な環境が生まれた最大の理由は、呉という街が誇る類まれな天然の深水良港にあります。呉港は周囲を休山(やすみやま)をはじめとする急峻な山々に囲まれ、沖合には江田島や倉橋島が防波堤のように横たわっています。強風や荒波を遮る内海でありながら、海岸線のすぐ近くから急激に水深が落ち込んでいるため、大吃水の潜水艦や大型艦艇が岸壁ギリギリまで安全に接岸できる構造になっています。
公園の名称にある風変わりな「アレイからすこじま」という言葉にも、街の変遷が色濃く刻まれています。地元呉市の公式記録によると、英語で小道や路地を意味する「アレイ(Alley)」と、かつてこの海域に存在した周囲30〜40メートルほどの小島「烏小島(からすこじま)」を組み合わせた造語です。江戸時代には周囲の潮流を見張る小島だった烏小島は、明治時代に呉鎮守府および呉海軍工廠が建設される際、海面の埋め立て工事によって陸続きとなり、魚雷や資材の搬入拠点へと姿を変えました。
戦後、かつての工廠エリア一帯は海上自衛隊と民間造船所へ引き継がれましたが、呉市は「軍港としての歴史を市民の共有財産として残す」という都市方針を掲げました。その結果、防衛施設としての機密性を保ちつつ、海沿いの遊歩道を一般開放する国内唯一の護岸パークウェイとして整備された経緯があります。