Oskとは?宝塚との違いや解散危機の真相・劇団の現在を徹底解剖

Oskとは?宝塚との違いや解散危機の真相・劇団の現在を徹底解剖

Oskとは?宝塚との違いや解散危機の真相・劇団の現在を徹底解剖の真相や最新動向に迫る! 専門的な視点で紐解きます。

OSKの歴史を語る上で避けて通れないのが、平成の時代に起きた「解散危機と奇跡の復活」という壮絶な事実です。 劇団は戦前から戦後にかけて「大阪松竹少女歌劇団(OSSK)」として圧倒的人気を博し、昭和中期には本拠地を近鉄劇場へと移し「日本歌劇団」「OSK日本歌劇団」へと改称。近畿日本鉄道(近鉄)の全面支援のもと、あやめ池遊園地の円形大劇場などで親しまれていました。 しかし、バブル崩壊後の平成不況とテーマパークの台頭による集客減少に伴い、2002年6月、親会社である近鉄が劇団への金銭的支援を打ち切る方針を公表。2003年5月のあやめ池公演をもって解散することが公式通告されたのです。 当時の報道や団員の手記によると、宣告を受けた劇団員たちは絶望に暮れるだけでなく、「自分たちの手で100年近い伝統の火を消してはならない」と立ち上がりました。団員自らが街頭に立って存続を求める署名活動を行い、わずか数か月で20万人以上の署名を集積。2003年8月、近鉄劇場でのサヨナラ公演を満員札止めで終えた後、有志が集まり「New OSK日本歌劇団」を結成して自主興行をスタートさせました。 稽古場の確保すらままならず、スポンサー探しに奔走する厳しい雌伏の時期を経て、地元関西の財界有志や民間企業の支援を獲得。2007年には再び伝統の「OSK日本歌劇団」の名称を取り戻し、株式会社体制へと移行しました。この「一度死にかけた劇団が、団員の誇りとファンの熱意で蘇った」という唯一無二のバックボーンが、現在のOSKが放つ泥臭くも力強い舞台エネルギーの源流泉泉となっています。

阿部 裕樹
著者

阿部 裕樹

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。