読者の多くが抱く最大の疑問、「なぜ日本の終戦記念日は8月15日なのか」という点に対する法学的・歴史的な回答は、「国民に向けて戦闘の停止が公表された日」を記念日として選んだことにあります。法的な手続きが完了した日ではなく、国民体験としての終戦を最重要視した結果です。
第二次世界大戦の終結プロセスを時系列で整理すると、日本には複数の「戦争が終わった日」が存在します。1945年8月10日から14日にかけて行われた御前会議を経て、日本政府はスイスおよびスウェーデンの公使館を通じて連合国側へポツダム宣言受諾を通告しました。そして翌8月15日正午、昭和天皇自らがラジオ放送を通じて国民に敗戦を知らせる「終戦詔書」を読み上げたのです(玉音放送)。
しかし、国際法上において戦争が休止状態に入るのは、1945年9月2日に東京湾上の米戦艦ミズーリ号で日本代表(重光葵外相・梅津美治郎参謀総長)が降伏文書に署名した瞬間です。さらに言えば、法的に交戦状態が完全に終了し、日本の主権が回復したのは、サンフランシスコ平和条約が発効した1952年4月28日でした。
外務省の外交史料館に残る記録でも明らかな通り、国際社会における戦争終結の定義は「外交文書の調印・発効」を基準とします。それに対して日本国内では、銃撃や空襲の恐怖から解放され、全国民がひとしくラジオの前で涙を流した「8月15日の精神的衝撃」があまりにも強烈だったため、この日が国民的合意として「終戦の日」に据えられました。