オーストラリアの歩みは、人口減少と労働力不足に直面する日本にとって、対岸の火事では決してない。国境を開き、多様性を取り入れることは、単に労働市場の穴埋めを意味するのではない。言語教育、社会保障、文化摩擦、そして既存の国民意識の再定義という、巨大なコストと痛みを伴う作業である。
豪州が半世紀以上かけて築き上げた多文化共生のシステムは、無数の試行錯誤と激しい社会的葛藤の果てに獲得されたものだ。異文化を受け入れる覚悟がないまま安価な労働力としてのみ他者を迎え入れようとすれば、かつての排外主義が形を変えて噴出しかねない。彼らが支払った歴史的代償から何を学び取るか。今まさに日本の針路が問われている。