世界保健機関の下部組織である国際がん研究機関(IARC)は、タバコの煙を「グループ1(ヒトに対して発がん性があることが確実)」に分類しています。煙の中にはベンゾ[a]ピレン、4-(メチルニトロソアミノ)-1-(3-ピリジル)-1-ブタノン(NNK)など70種類以上の確定発がん性物質が含まれており、これらが肺組織のDNAを直接傷つけ、がん抑制遺伝子であるTP53などに特有の塩基置換変異(シグネチャー変異)を引き起こすメカニズムは分子生物学的に完全に解明されています。
国立がん研究センターが実施した「多目的コホート研究(JPHC研究)」などの国内大規模調査でも、極めて明確な数値が報告されています。男性喫煙者の肺がん罹患リスクは、タバコを吸わない男性と比較して約4.4倍〜4.8倍に跳ね上がります。生涯吸い続けた場合の累積罹患率は、非喫煙者が数%程度であるのに対し、喫煙者では15%〜20%近くに達します。
ここでネット上のもう一つの誤解である、「肺腺がんはタバコと関係ない」という俗説を検証する必要があります。肺がんは組織型によって大きく以下の4つに分類されます。
- 扁平上皮がん:太い気管支(肺門部)に好発し、タバコの直接的な煙の刺激と極めて強い因果関係を持つ(喫煙者のリスクは非喫煙者の10倍以上)。
- 小細胞がん:悪性度が高く転移しやすいタイプで、こちらも患者の90%以上が喫煙者。
- 肺腺がん:肺の奥深く(肺末梢部)に好発し、女性や非喫煙者にも多く見られるタイプ。現在、日本の肺がん罹患者の過半数を占める。
- 大細胞がん:比較的稀なタイプで、喫煙との関連性が認められる。
「非喫煙者の女性でも肺腺がんになるのだからタバコは関係ない」という主張が散見されますが、これは医学的な飛躍です。確かに肺腺がんはEGFR遺伝子変異などに起因し、非喫煙者でも発症します。しかし、喫煙者の肺腺がん罹患リスクは、非喫煙者と比較して約1.8倍〜2倍高いことが各種コホート調査で実証されています。さらに、近年の低タール・フィルター付きタバコの普及に伴い、喫煙者が煙をより深く肺の奥まで吸い込むようになった結果、肺末梢部における腺がんの発症リスクが高まったことも近年の疫学調査で解明されています。