役者としての揺るぎない基礎を築いたのは、串田和美が率いた伝説的カンパニー「劇団オンシアター自由劇場」での過酷な日々だった。1977年の入団から1996年の解散に至るまで、約19年間もの歳月をこの劇団に捧げている。当時の日本の演劇界はアングラカルチャーの熱気に満ちており、自由劇場はその中心地として熱狂的な支持を集めていた。
小日向は看板俳優のひとりとして『上海バンスキング』をはじめとする数々の名舞台に立ち、身体表現と台詞術を極限まで磨き上げた。だが、舞台での喝采とは裏腹に、経済的な現実は厳しさを極めた。チケットノルマや稽古に追われ、アルバイトを掛け持ちしながら食いつなぐ毎日。華やかなスポットライトの裏には、家賃の支払いすらままならない過酷な現実が横たわっていた。
42歳のとき、劇団が突如解散。後ろ盾を失った彼は、妻と幼い子どもを抱えながら、突如として放り出されることになる。事務所を移籍するも映像の仕事はほとんどなく、借金を重ねるどん底の暗黒期。それでも役者を辞めなかったのは、演劇の神様に選ばれた男の意地だった。