群馬の森を巡る一連の議論の中心にあったのが、かつて園内南西部に佇んでいた「記憶 反省 そして友好」と題された朝鮮人追悼碑です。設置されたのは2004年、かつて同地にあった旧陸軍岩鼻火薬製造所で過酷な労働に従事した朝鮮人労働者を悼む目的で、市民団体の手によって建てられました。
しかし、県が提示した「政治的な行事を行わない」という許可条件をめぐり、年次追悼式典での発言内容が政治的発言に当たるとして県側と団体側が対立。2014年、群馬県は設置期間の更新を不許可と決定しました。これを受けた市民団体側が処分の取り消しを求めて提訴したことで、泥沼の法廷闘争へと発展します。
一審の前橋地裁では不許可処分を取り消す判断が出たものの、二審の東京高裁では「碑の存続が公園の静穏な利用を妨げる要因となっている」として県側の主張を全面的に支持。そして2022年2月、最高裁判所が団体側の上告を棄却したことで、県の不許可処分が正式に確定しました。
その後、県側からの自主撤去要請に応じなかった団体に対し、県は行政代執行の手続きを断行。2024年1月29日から2月16日にかけて公園を一時閉鎖し、重機を搬入して碑の解体・撤去作業を完了させました。撤去費用約3,000万円の求償を含め、長年の法廷闘争は行政代執行という劇的な幕引きを迎えたのです。